【技術者コラムvol.18】心の埋蔵物
第2種/埼玉県さいたま市/A.T
ある工事現場で偶然、樹木の根を引き抜く作業を見た。
興味深い光景であったので、すっかり見入ってしまった。
造園業の若者が、掘削機で手際よく樹木の周りの土を掘っていく。
根には樹木を支える太い根とそこから「ひげ根」が多数分岐している。
この「ひげ根」には土中から水分、栄養を吸収する重要な働きがある。
形状が人間の髭(ひげ)に似ていることから、そのように呼ばれている。
まさにこの「ひげ根」が掘削機に絡みついて、
必死に最後の抵抗をしているかのように見えた。
何十年もここに根を張ってきた意地のように。
樹木と若者の格闘か。作業は難航している。
若者の話によると、樹木の移植をするとき寝巻きを解いてから、
「ひげ根」が出やすいように、わざと太い根に少し傷をつけるそうだ。
やっとのことで株ごと取れた跡には大きな黒い穴がある。
枝葉をつける幹が天に向かう「正のベクトル」ならば、
根は土の中への「負のベクトル」であろうか。
暗い土中へ向かって随分伸びていて、普段は隠されて見えないが。
人間の心の中にも、人には触れられたくないものを宿している。
秘密として隠しておきたい「負のベクトル」である。
その中にも、大きなものもあれば、「ひげ根」のように、
毛細血管のように小さな繊細なものも多数ある。
そして、そこへみだりに他人が立ち入ろうとすると防御体勢をとる。
だから、いくら親しくても人の心の奥には
あまり立ち入ってはいけない部分がある。
「根掘り葉掘り聞くものではない」というのは、
こんなところから来ているのではないか。
人にはそれぞれ他人には言えない心の深淵とも言うべき
「心の埋蔵物」があるのだから。
樹木の根からこんなことを感じた。