【技術者コラムvol.36】コイル型人間とコンデンサ型人間
第2種/埼玉県さいたま市/A.T
人間の性格は、ある側面から捉えると大きく二つのタイプに分かれるように思う。
電気で喩えるとひとつには、誘導型(コイル型)の人間。
変圧器や誘導電動機(モーター)のように鉄心に銅線を巻き、電磁誘導作用により変圧器は電圧を昇圧したり、降圧したりして使いやすい電圧にする働きがあり、誘導電動機には回転数制御も伴って、各種動力源として多く使われている。
変圧器も誘導電動機も、その電流は電圧に対して遅れ電流となる。
電圧と電流に位相差が生じる。ここに力率という電気がいかに有効に利用されているかの度合いを示す値が問題となる。
誘導電動機は、この力率が一般的に悪い。そういう宿命の下に造られている。すなわち、常日頃、生活には役立っているが、電力的にみると悪い作用をしていることになる。
人間でいえば、少し悪い子である。
いつも少しずつ悪いことをしていると、大きく極端に悪いことをしないのが人間なのである。
幼少期の罪のないいたずらの積み重ねによって、人間は成長して大人になる。
一方もうひとつは容量性(コンデンサ型)人間。
コンデンサは基本的には、二つの平板に電荷を蓄えて、充電したり、放電したりして電力の安定化に寄与する。また、コンデンサの電流は電圧に対して進み電流となる。この作用により、変圧器や誘導電動機の遅れ電流を補正するために力率改善用コンデンサとして多く使われている。
これはまさに人間でいえば良い子である。コンデンサはいつも良い子なのである。いつも良い子をしていると疲れる。ふだんの充放電を繰り返している間はよいが、充電しっぱなしで放電できない状態が続くと問題となる。
電荷をためておくことは、一種のストレスである。このストレスが発散するとき、すなわち一気に放電するときは恐いものがある。
世の中で問題となっている犯罪で、一気にきれる状態と似ている。
コンデンサの点検をするときは、必ずアースをとって電荷を大地に逃がしてやる。そうでないと、作業者が電撃ショックを受けるからである。
電気の世界では、コイルの要素もコンデンサの要素も必要だが、実社会においても、両者のバランス感覚が必要ではないかと思う。