第2種/埼玉県さいたま市/A.T
私はそんなに読書家ではないが、本が好きである。
本を買うのが好きと言ったほうがふさわしいかも知れない。
それは本を読む量が、買う量に追いつかず積んでおく本が多いからである。
書店で何気なく手に取った本が気に入って衝動買いする場合とか、
新聞等で紹介されていて気になった場合、一応目を通したり、
好みの作家の場合迷わず買ったり、いろいろなパターンがある。
書店に入るとまず新刊本に目を通す。ベストセラーの本が前面に登場しているが、必ずしも売れているから良い本とは限らない。
私は自分の感性に響かないと買わない。
書店で本は、タイトル、装丁、帯で人の目に訴えかけている。
中でも帯は、数行の中に分厚い本の内容を凝縮して表現しており、
読者の興味を惹く役割を果たしていて、帯の良し悪しで買われるか買われないかを大きく左右すると言われているくらいである。
まさに本の表情を表していると言っても過言ではない。
私は、自分の気に入った本は身銭を切って買うようにしている。
滅多に図書館や人から借りたりしない主義である。
それは私の本の読み方として、赤鉛筆を持って、感動したり、納得したりした部分に線を引いたりマークしたりするからである。
それが自分の本ならば自由にできるからである。
図書館司書の話では、最近は借りた本に線を引く読者がいるそうである。
明らかにルール違反である。そんな人こそ自分で本を買えと言わざるを得ない。
ある本で読んだ話では、本はつんどく(積ん読)、ペンを持って読む、そしてもう一度読むときはラインのところだけ読む。合わせて三度読むというちょっとしたジョークが書いてあったが、あながち間違いではなく的を得ていると思う。
私は雨の日、自分は雨に濡れても本は懐の中に入れて絶対に濡らさない。
自分は雨に濡れても元に戻るが、本は濡れると完全に元に戻らないからである。
それは学問のための本に対する礼儀のような気がする。
自分の本棚に並ぶ本たちよ。
様々な大きさ、厚さ、色、表紙、帯の本たちよ。
そんな大切な本の手触りは、人間同士のスキンシップのようでもあり、
本が電子化され映像媒体となってもなくしたくない感覚のように思える。
