【技術者コラムvol.113】戦後の思い出

第1種/宮崎県延岡市/S.M

私は昭和22年(1947年)生まれである。

終戦の年1945年の2年後である。

終戦記念日(8月16日)が近づくと、思い出すことが2つある。

どちらも私的なことであるが。

1つは原爆投下に関することである。

周知のように、終戦間近に広島と長崎に原爆が投下された。

このうち長崎に投下された爆弾は当初福岡県の小倉に投下される予定だったそうである。

当日小倉の上空は曇りだったため、長崎に変更されたそうである。

私の両親は当時小倉に住んでいたので、小倉に投下されていたなら、両親も私もこの世にいなかっただろう。

天候が原因で惨事は免れたのである。

もう一つは抗生物質「クロロマイセチン」に関するものである。

この薬は1947年にアメリカで開発された。

私は5歳の1952年に疫痢を患った。

重症で、医師は両親に助からないだろうと言ったそうだ。

ただし、奥の手があると提案した。

それはアメリカ軍のキャンプに行って、特効薬を入手することであった。

非正規のルートのため高価であったようだ。

父は医師にお金を支払い、薬を入手できた。

それが「クロロマイセチン」であった。

この薬は劇的に効いて、私は助かったのである。

強い副作用がある薬だそうだが、幸い副作用は出なかった。

当時の日本は衛生状態が悪く、コレラや赤痢の対策として、米兵にはこの薬が支給されていたのだろう。

この2件は8月になると私の頭を巡る。