第1種/宮崎県延岡市/S.M
明治から昭和にかけて、福岡県には炭鉱が多くあった。
石炭は黒ダイヤと呼ばれ、鉱脈を発見した人は巨額の財を得て、石炭成金と呼ばれた。
石炭成金の代表格は伊藤家、麻生家、安川家などであった。
石炭は製鉄とコラボして、北九州は工業都市として発展した。
炭鉱は落盤や粉じん爆発の危険があったため、成金は安全確保に努めた。
従業員の保養にも努め、映画上映なども行った。
安川家は従業員教育のため、明治専門学校を作り、それが後に九州工業大学となった。
昭和30年代になると、石炭の採掘量が減り、炭鉱は次々に閉山に追い込まれた。
このとき、成金は見事に業務転換を果たした。
伊藤家は金融業に転換し、福岡銀行を設立した。
麻生家はセメント業を起こし、政治の道にも進んだ。
安川家は電気業を起こした。
石炭成金は経営者としても有能であった。
