【技術者コラムvol.02】我が恩師が伝えてくれたこと

第2種/さいたま市/A.T

私の大学の恩師、中村元和先生には、人生というものを教えていただいた。

先生は、東大出身で、卒業後日立製作所に就職された。しかし、先生の考え方は、どうも民間企業の考え方ではなく、どちらかというと教育的であり、ある時、先輩から大学で働いたほうがいいのではないかと言われたそうだ。その後、大学で教鞭をとることになり、我が大学の名誉教授になるまで勤められた。

大学の狭い世界で過ごす教授の多い中で、民間企業出身であったため、他の教授とは違って視野が広く幅広い見識をもっておられた。教育以外にも学生の就職指導なども行っていた。個人的にも大変お世話になった先生である。私も、民間企業の出身であるが、公務員に転身することをアドバイスしてくれたのも先生である。

先生の授業は「電気回路」や「発電工学」を受講したが、出題する問題は、学生皆違う回答となっていた。それは、問題文の中に必ず、「N」が登場し、隣の人の答えを見ても参考にならないからである。「N」とは、学籍番号である。要するに考え方を問うていたのである。

また、試験の折りも、学生たちが教科書を机の下に隠し、ちらちら見るものもいたが、先生は、悠然と「君たち、自動制御をしているようだね。」と言ったたけで、何も指摘はしなかった。それは、教科書を見ても載っていないような、出題だったからである。学生に、ものごとを考えさせようという視点に立っておられたようだ。

先生は、定年退官後、私立大学にしばらく勤められ、80数歳で亡くなられた。晩年は、自叙伝を執筆され、「時が解決する」「幸福の前に実行がある」「命短し恋せよ乙女」という3部作を送っていただいた。今でも、大切に本棚にしまっている。

その中でも、一番記憶に残っているのは、「幸福の前に実行がある」の中の一節で、

工学を目指すものの心構えが記述されていた。

「世の中に批評家は実に多いが、失敗するかもしれないこと、または砂をかぶりそうなことを進んで実行しようとする人は極めて少ないようです。後から悪口を言ったり、他人の失敗を喜ぶ人が多く、それにも負けずに実行した者だけが幸運をつかむことができる。」

その他にも、私の人生に大きな影響力のある、記述がたくさん盛り込まれており、私の座右の銘である。